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 2001年のひとりごと


★「第9」に久しぶりに感動しました(2001年12月24日)

 毎年この時期にN響の「第9」を聞くのが恒例になっておりました。自分にとってややマンネリになった感じがしていたのですが、今年は近年になく感動して聞き入りました。指揮者はハインツ・ワルベルグ氏で、1923年ドイツ生まれだけあって、合唱になると自ら歌っているような指揮の仕方がソリストや合唱団にも影響したのでしょう。とりわけ、第4楽章の合唱になってからが素晴らしい演奏でした。  もう20年以上も前から年末にベートーベンの「第9」を聞かなければ年が越せないような気になっておりました。年の暮れの慌ただしさの中にあって、1年を振り返り、来る年への期待に思いをはせるには、この演奏会がうってつけのように思ってきました。それとて恒例にしてしまうとやはりマンネリになってしまうのは致し方のないことなのでしょう。ところが、今年の「第9」は、素晴らしい演奏でした。人間って、素晴らしいものに接するとひとりでに感動の涙が出るものだと実感しました。正直言ってこの歳になると、物事に感動することがきわめて少なくなってしまいます。それだけに今日はとてもうれしい1日でした。バリトンの最初の第1声から、とても力のこもった歌い方で、聞かせる声でした。ついでテノールが、懸命に歌っている姿勢が感じられ、メゾ・ソプラノだって、クリアーに聞こえました。いつもはソプラノに消されて存在感の薄い声がとてもきれいに聞こえました。合唱団もいつもと配置が変わって、女性だけが前列に位置していて、迫力が違いました。人の声って、とても美しいものだということを感じましたし、感動させるものだと思いました。ベートーベンの天才さを再認識させられた今日でした。

★矢崎秀昭先生が朝日新聞に抗議文を2001年12月24日)

 「歯周病退治うがい薬で」という朝日新聞(11月20日夕刊)に、矢崎秀昭先生が抗議文を編集局長宛に11月末に送付したそうです。矢崎先生は私の同級生で、しかも研究室が同門で、関根 弘門下生です。新宿区歯科医師会会長を歴任され、現在は東京都歯科医師会学術部委員です。この新聞に記事がでる3日前の11月17日に、東京都歯科医師会が主催して一般都民向けの歯周病についての講演会が開催されていて、その案内を朝日新聞にしているにもかかわらず、朝日新聞社は開催のお知らせもせず、取材にも来ないということは如何なものでしょう。12月21日まで、朝日新聞社からいっさいの連絡がないと聞いています。抗議文のコピーが私の手元にありますが、興味のある方にはファックスしますのでお申し出下さい。   なお、デンタルダイアモンド誌に記事を掲載した山本先生とは、私が電話で話をしました。朝日新聞の田辺記者が面会に来たそうです。山本先生は「新聞に記載された内容と自分の発言とが大きく違うので迷惑している」と言ったと言っておりました。私は山本先生に、「そのことを文書で抗議して下さらないと何も記録が残りませんので取り上げることもできません」とお伝えしました。まだまだお伝えしたいことがありますが、この問題はこの辺でおしまいにします。

★医療制度改革が断行されそうです2001年12月1日)

 行政改革で国民に痛みを与える前に、行政側が見本を示して自らが痛みを味わっていくことこそ必要なことです。 国会議員報酬の削減、議員数の削減、天下りの全廃、など多くのことができるはずです。 なのに、特殊法人の民営化も腰砕け、公共事業の見直しもトーンダウン、高速道路建設削減もうやむやです。一番やりやすい医療制度改革だけが先行するのは納得できない。 今までも、2年に1回は医療費の検討が中央医療協議会でされてきています。医療費削減策がいくつも取り入れられてきました。それに比較して、 今まで何度も問題点が指摘されてきた特殊法人への天下りや、外務省の交際費などには、今回もメスが入っていないのです。

★「歯周病退治うがい薬で」という朝日新聞夕刊2001年11月20日)

 「歯みがきよりも抗かび剤が有効」というきわめてショッキングな見出し記事。本当ならばそれほど良い話しはない。そんなはずはないと思いながら歯周病の専門家に聞いてみたら、歯周病学会はハッキリと否定しているとのことでした。日本歯科医師会も否定しています。デンタルダイアモンドという雑誌が、この記事の掲載で信用を落とすかどうか、大変に微妙なところです。これほど重要な内容ならば専門学会(歯周病学会)で発表するべきでしょうし、そこで何らかの評価をしてもらうべきでしょう。取材に当たった記者も、他の専門家の評価を伺うべきだし、その意見をそこに掲載するべきでしょう。歯周病の原因菌は世界中で研究していますから、1〜2名の開業医が「カンジダ菌」が原因だと叫んだとしても、世界中の細菌学者や歯周病専門家が認めていないのなら、やはり認めるわけにはいかないと思います。こんな事があるから、EBM--Evidence Based Medicine(根拠に基づいた医療)--が必要だと叫ばれてきているのです。この新説を唱えた歯科医が、EBMに則って評価をしているのでしたら良いのですが・・・どうでしょうか? 患者さん騒がせな記事でした。この記事に対するフォローを朝日新聞社はするべきです。ジャーナリストの責任を問いたいと思います。

*POS医療がなかなか進んでいない2001年10月10日)

 患者さん中心の医療--POS医療--は提唱されてからもうすでに20年以上が経過しています。大学病院でも長い間患者さんを実験動物のような扱いをしてきたものを、「患者」というように変化してきました。従来「患者」という呼び捨てや「症例」という「もの」のような呼び方が、「様」という呼び方に変わってきたことは、それなりの評価をしたいと思います。ただ、言葉だけが「患者様」に変わっても、その根底にある姿勢が変わらなければ意味がありません。つい先日、ある歯科医と話していたときに感じたことがあります。「患者さん中心というのは患者さんの望むことをしてあげることですよね。それなら、ここだけ治して欲しいと言ったら、そうしてあげることですよね」というのです。この先生は、患者さんに「迎合」することと、患者さんの「望んでいること」をすることの区別がつけられないようです。私はいつも「患者さんのためになるか」と自分に問いただしながら治療に当たっています。言葉だけの「POS医療」から、実践する「POS医療」になるためには、まだまだ道のりが長いという感じがしています。尊敬する日野原先生(聖路加看護大学総長)のお姿には、いつも感心させられます。

*AAP学会の参加をキャンセルしました2001年9月30日)

 10月6日からアメリカ歯周病学会(於:ペンシルバニア大学)の参加を申し込んであったのですが、このテロ多発事件のため、参加をキャンセルしました。ペン大のDr.Amsterdam の門下生が集まるパーティーにも招待されていたのですが、参加できずとても残念です。アムステルダム先生は、私が恩師として尊敬している先生で、「歯周補綴」の大家であると同時に、歯内療法・矯正治療・歯周治療・補綴処置などをトータル的に処置しながら術後経過を追いかけている先生です。スペシャリストだけが評価されるアメリカでは、オールマイティーな臨床家が評価されないのが残念です。私達日本の歯科医が目標にするのは、アムステルダム先生のようなオールマイティーな臨床家ではないでしょうか? しかも、50年にもわたる経過観察を報告できるのは、世界でもアムステルダム先生ただ一人です。ペン大の「歯周補綴学」の大学院4年を終了した日本の歯科医が西堀雅一先生(救歯会)で、彼が唯一最後の卒業生です。

*医療制度改革の前に、行政側の改革を2001年9月24日)

 健保本人負担を2割から3割に、老人医療の対象年齢を70歳から75歳にする、という方向で決まりそうです。腹いせかどうか「医療機関にも痛みを求める」という声があるのは理解できません。その改正の結果、受診抑制され、医療機関の収入が大きく減少します。以前は健保本人は初診料だけだったのが、1割負担、2割負担、それが3割になります。老人医療費も70歳から75歳と適応が変わり、65歳から69歳までの中間的な年齢層の福祉保険、障害者のレベルに応じた障害保険、乳幼児保険、それに国保などが加わり、きわめて複雑です。いつも患者さんの生年月日を気にしながら診療に当たるという煩雑さのために、患者さんのために良い診療を行おうというエネルギーがそがれます。それらは窓口での受付会計、請求方式も異なり、ますます複雑です。国の基本方針がないままころころ変わり、ますます複雑化してくる中では、診療に熱中できる状態ではないのです。 そんななかで、外務省の接待費の水増し請求やハイヤー料金の架空請求などが出てくると、怒りがこみ上げてくるのは私だけでしょうか。こんなに厳しい時代に、国会議員数の削減案が出たり、省庁のリストラが出ないのは不思議です。参議院が本当に必要かどうか、海外援助や国連寄付金(世界でトップの拠出金)が必要かどうか、もっと検討すべき事があると思います。何より、行政側が見本を示して「痛み」を味わうことです。

*一日講演となるとデジタルプレゼンはどうも・・・・2001年9月23日)

 9:00〜17:00までの一日講演となると、パソコンでのプレゼンは、まだできません。それには3つのハードルがあります。・準備が大変、・デジタルプロジェクターが用意できない、・受講者のスライドやX線写真を比較して見たい場合。・の準備は、今までなら症例選択してスライドを選べばそれで出来上がりです。パソコンだとスキャナーで取り込むことをしなければなりません。字幕スライドもほとんどできているのを使えば、新たに作成するのは10〜20枚でこと足ります。パソコンだと、新たに文字を入力しなければなりません。1〜2時間講演ならまだしも、一日講演だと、症例選択やスライド選びに多くの労力がかかってしまい、とてもできなくなります。その証拠に、9月24日の講演の準備では、この1週間は連日12時近くまでかかり、土曜日は丸1日中スライド選びでした。  ・のプロジェクターは自前の物を持参すればいいのですが、都内なら可能ですが、遠方ではとてもできません。持参すると仮定して、ノートパソコンとプロジェクターを持参する場合と、スライドの量とを比べると、圧倒的にスライドの方が身軽です。 ・の受講者のスライドやX線写真を映す場合は、残念ながらどうしてもアナログにならざるを得ません。 

*ニコンD1の使用頻度が多くなりました2001年9月23日)

 デジタルカメラで口腔内写真を撮る頻度が増えてきました。初診患者さんはすべてデジカメ、リコール患者さんもすべてデジカメ、アナログカメラの登場場面はスタッフ用と移行時期の患者さんの数名だけです。もう2〜3ヶ月で、私がアナログカメラを持つことはなくなりそうです。とは言っても、長野の北川原 健先生はニコンD1を1年間使った後で、アナログに戻ったということがあるので、私もそれほど自信がありません。

*救歯塾では5名全員がパソコンプレゼンに2001年9月9日)

 演者5名のうち2名がスライドだというので、できればパソコンでとお願いしたところ、どうしても1名だけがスライドということでした。当日になって、その1名のスライドを西堀雅一君がスキャナーで取り込んで1時間ほどでデジタルプレゼンにしてくれました。診療室までの往復がタクシーでしたが。デジタルプレゼンがすごい勢いで救歯会に広まる状況です。

*デジタルプレゼンやってみました2001年8月26日)

 救歯会の恒例のサマーセミナーが、8月24日〜26日の2泊3日、軽井沢にて合宿形式で開催されました。参加者30名ほどで、医歯薬出版社やクインテッセンス出版社の方も参加しました。24日Eの午後7:00集合で8:30から前夜祭が、新人紹介から始まり、歯科技工士のメッキ法の紹介や「ご相談症例」などと深夜まで歯の話しで終始しました。25日Fは9:00から全員のケースプレで、統一テーマ「根分岐部病変の処置」で、午後4:30まで行われました。夜はまた「つっこみ討論会」と題して、時間切れとなった3名の発表者のスライドを映写しながら、討論が続きました。その後また「ご相談症例」を3名の発表者により、深夜まで続きました。26日@9:00〜11:30を私の発表で、デジタルプレゼンテーションを行いました。10症例で経過20年以上を6例まじえた発表を行いました。上顎と下顎で対応が異なり、根分割や抜根などと対応が異なり、修復があるかどうかも問題です。症例に興味があったことも事実ですが、デジタルプレゼンにも大いに興味があったようです。救歯会のメンバーも、デジタルプレゼンに移行する者が多くなりそうです。  

*歯科医師連盟「参院選前10億円借金」と朝日新聞2001年8月18日)

 歯科医師会の「政治連盟」が、ある特定の政党(自民党)に献金をすることの是非は、以前から多くの議論を呼んでいました。99年分として6億6千万円が献金されています。98年の選挙で、大島慶久氏を自民党名簿に上位登載させるために、24万人分の党費を日歯が立て替えたという。今年は元日歯会長の中原 爽氏が20位で最下位当選しました。それに4億円余が使われたらしい。10億円もの大金を政治に使って、どれだけのメリットが得られるのでしょうか。国民からひんしゅくを買うばかりではないでしょうか。それらの金を、国民への健康指導や、意見広告費などに使えないものだろうか。

*夏休みはデジタルプレゼンテーションの準備2001年8月19日)

 昨年の夏休みはホームページの自作でした。今年の夏休みも結局、デジタルプレゼンの準備に、パソコンに向かいっぱなしでした。4日間を朝から晩までデジタルで過ごしましたら、「目からウロコ」でした。長い間、取り組んでは中断、今度こそと思いながらやっぱり遠ざかっていたPhotoshop がようやく少し見えてきました。カラーシンクロ、ガンマ、色温度、RGB,CMYK、など画像というものが少し見えてきました。解像度、色の3要素、補色、レイヤー、画像サイズ、保存形式、色調補正、フィルタなどが分かってしまえばそんなこと・・・ということなのに、分かるまでの長い道のりでした。「40歳からの手習い」ならぬ「60歳からの手習い」になっています。

*歯科医師国家試験に実習が課せられる2001年8月5日)

 歯科医師だけ平成16年の国家試験から実習が課せられるようになったそうです。大変良いことだと思います(遅すぎたけど)。筆記だけで試験を行ってきたことに、多くの批判が出てきたことによるものと思います。知識だけ詰め込んで、何もできない歯科医を卒業させる大学教育に問題があります。本来は5年生の後半から1年半を臨床実習を行うことになっているものを、大学が国家試験の受験予備校化して、4年で教育を終わらせ、5年生からの2年間を国家試験の問題集勉強に重点を置き始めました。大学は、国家試験が難しくなったのでそのための勉強をしないととても合格できないから、と言います。目的がすり替わってしまって、診療ができる歯科医になることよりも、国家試験に合格することが目的になっていました。  私は国家試験に実習があった方がいいと、ずいぶん前から言い続けてきました。実習が試験から省かれて15年ほどになります。腕のない歯科医が増え、手の動かない歯科医が増えました。大学も臨床軽視の傾向がありました。臨床のできない教授や、臨床をやらない教授が横行しておりました。研究論文数や学会発表数で評価される世界ですから、今後も変わらないかもしれません(残念ですが)。実習を教育する方が、大学にとってもいい方向に向かっていると思います。

*決して容易ではないデジタル化2001年8月5日)

 デジタル化がそれほど容易ではないということがよく分かりました。露出をマニュアルで行うのですが、そのテストをするにも、D-1のモニターではできません。パソコンと繋がらないといけないのに、それが容易なことではないのです。D-1の扱いは、マニュアルに従い、何とかできたとしても、パソコンにダイレクトにデータを転送するのがうまくいきません。コードをつなげても、転送先のソフトを指示してきて、決められた画像データベースを指定してきます。「そんなソフト持ってない!」ということで転送できない。カードリーダーを手に入れなければ・・・。ソフトを買うか、カードリーダーを買うか、でまたおあずけ。アナログスライドのデュープテストも、カメラの設定や倍率、コピースタンドの準備とイルミネーターの色温度の確認、などと、これもなかなか時間のかかることです。まだ口腔内写真の実際ができておりません。

*デジカメのニコンD-1Hを手に入れました2001年7月28日)

 臨床歯科を語る会で初めてデジタルプレゼンをしたことがきっかけで、急激にデジタル化へと行動を開始しました。金子一芳先生が2000年1月から歯界展望に連載された時期から、デジカメでシステムを変えることを検討してきました。今まで踏み切らなかったのは、カメラの知識よりコンピューターの画像処理の技術の方が優先だという言葉にひるんでしまったからです。今回発表のために実際にやってみたら、自分でも出来ることが実感できたことと、その当時よりもソフトや周辺の環境が揃ったことで、踏み切ることに決断しました。今までの症例スライドがアナログだし、その膨大な量のデジタル化が悩みの種だったのですが、必要なときに必要なスライドだけデジタル化することだと思い直しました。そのデジタル化が、スライドスキャナーよりもD-1で撮る方が、早くて簡便だということを実感できたのです。来週からD-1で口腔内写真を撮ってテストを始めます。

*デジタル化を進めるに当たって悩んだこと2001年7月25日)

 画像の色をきちんと見るために、モニターがまず問題です。アナログスライドをスキャナーで取り込んだり、D-1でデュープしたものの色調整をするときに、モニターでの判断が問題です。今のモニターが3年くらい経っています。それにカラーシンクロがきちんとされているか問題です。スライドスキャナーはニコンのクールスキャンでこれまた4年くらい経ったものです。スキャニングしてもどうも色がうまく出ませんで、悩んでいました。デスクトップマシンもFureWireポートがありません。HDも6G程度です。この3〜4年の進歩はすごいものがあります。すべてが変更せざるをえない状況となりました。 プレゼン用ソフトも Persuasion を使っていたのですが、version upしなくなりましたし、Power Pointがどうにも好きになれなくて悩んでいました。Photoshopがが多機能すぎて難しくてなかなかマスターできませんでしたが、Photoshop Elements(¥9800)がでてきてからかなり私のような初心者でも出来そうなのがうれしいです。

*初めてデジタルプレゼンテーションに挑戦しました2001年7月15日)

 臨床歯科を語る会の最終日の発表者として、1週間前の7月6日には字幕を含めスライド準備が全部終わっていました。7月6日のこの欄でもデジタルはあきらめアナログに決定したと書きました。ところが最終日の発表者は、金子一芳先生と永田省蔵先生と私の3名に司会が鷹岡竜一先生で、私以外はみんなデジタルプレゼンだというのです。私一人のために、会場設営でスライドプロジェクターを2台とデジタルプロジェクターの両方を準備するのが大変だというのです。それに気づいたのが7月9日Aです。10日Bから急遽デジタル化に向けて準備が始まりました。強力なお助けマン-金子一芳先生-のお力添えなくしてはとても出来ないことです。アナログスライド(約80枚)のデジタル化に、金子先生の診療室で2時間余。それから帰ってパソコンで組み初めて夜中までやってもようやく4枚ほどしかできない。11日Cにまた金子歯科で1時間ほど特訓を受けて、自院で夜中までやって10枚ほど。12日Dにようやく24枚完成しました。13日Eは当日の準備や前夜祭があって何の用意もできません。14日F懇親会が終わった後、夜10時頃ようやくパソコンにデータを移してもらい試写して写ったときにはホットしました。 連日の睡眠不足からか、15日の朝には寝坊してしまい目覚めたのが8時半で、ようやく会場に駆けつけたのが9時5分過ぎでした。発表当日は、そんな素振りは全く見せず、こともなげに発表をスムーズに行いました。金子先生にはとても感謝しています。

*臨床歯科を語る会が終わりホットしています2001年7月15日)

 7月13日E〜15日@に、年1回のスタディーグループ全国発表集会の臨床歯科を語る会が無事終わりました。今年は例年の日本青年館から国立青少年綜合センターへ移動しました。会場が変わったことで、いくつかの戸惑いがあったものの、全体会の広さと居住性はとても良いものです。宿泊が3カ所に分かれたものの、全員がバストイレ付きのシングルルームでした。何よりも最も特筆すべきことは、デジタルプレゼンテーションが急激な勢いで増えたことです。全体会会場の3つのテーマのうち、2つがデジタルのみとなりました。このうち、デジタルプレゼンをしたのが熟年の発表者でしたし、アナログのスライドプロジェクターを使ったのがなんと新人発表(若い方々)なのですから不思議です。3つの分科会場では、1つは全部デジタル、他の2つが半分デジタルでした。 会場には、2台のスライドプロジェクターとデジタルプロジェクターの両者を用意しなければならないので、煩雑で経費がかさみます。この勢いでは、来年からはデジタルプロジェクターのみに統一しても? という噂が出ているほどです。

*NHKスペシャル「医療・信頼は回復できるか」を見て2001年7月7日)

 増え続ける医療事故に対して、「医師の裁量権」に任せておいて良いものかという問題提起。同じ病院のなかでも、医師によって治療がまちまちだと言われても、われわれとしては至極当然と思える。だからこそ、「症例検討会」が必要だと訴えてきました。日本の歯科では、臨床歯科医によるスタディーグループが、その役割を担ってきました。ただあまり評価されてきませんでした。大学病院とは別の組織だということや、スタディーグループには変わり者が多いということもあったのでしょう。スタディーグループにも色々あって、「症例検討」を全会員に義務づけているところはむしろ希です。この「症例検討」は、歯科医自らの処置を多数の歯科医の前にスライドやX線写真を使って発表することです。このことで、歯科医院での「密室処置」が、「公開処置」に移行できるわけです。多くの歯科医の前で発表するときには、足がガクガクするほど緊張してふるえが出ることもしばしばあります。歯科治療というのは、処置の記録が残るという特徴があって、X線写真やスライド写真にクリアーに残ります。内科や精神科の処置は記録がカルテだけです。客観性に乏しいものです。歯科の処置は、歯科医が見落としたり処置できないことも明瞭に残ります。だから発表することが厳しいのです。したがって、このような「症例検討会」があまりやられていないのです。これからは、症例検討会が必要だと、今まで以上に訴えたいに思いました。

*好きな中坊公平さんの言葉です2001年7月1日)

 「死」というものへ向かって「着陸」しようと思っています。「墜落」ではなくて「着陸」です。着陸とは、「力をもった状態で人生を降りることで、墜落とは、「力がなくなって落ちてしまうこと。そして「力」とは、「希望をもって明るく生きることで、同時に人に多くを感謝し、人に感謝される生活を送っていくこと」です。(13年7月ある機関誌の講演記録より)   「中坊公平・私の事件簿」(集英社新書、2000年11月刊、¥660円)はベストセラーにもなっています。ぜひ一読を。人間としての生き方を教えられる本です。法律用語がほとんどなく、分かりやすく書かれていて、諭すような語り口につい引き込まれてしまいます。14の事件について、それぞれ、ケース1〜ケース14と書かれていて、まるでカルテのように、資料をしっかり保存してあり、「事件が弁護士を育てていく」というスタンスは、「患者さんから教わる」という姿勢のわれわれときわめて類似しています。各ケースについて「事件の概要」から始まり、「教訓と思い出」と述べていくスタイルも、われわれのケースプレゼンテーションと同じです。「現場主義」ということが随所で語られていますが、「現場に足を運び、五感を総動員すれば問題の本質が見えてきます。事件をひもとく本質は法律にあるのではなくて現場にあります」という言葉に、つよく共感しました。  超オススメです

*良い言葉見つけました(2001年7月1日)

 安楽寺(信州上田)の住職の言葉を色紙にしていただいてきました。題は「本気」です。 「本気ですれば、大抵のことができる  本気ですれば、何でもおもしろい  本気でしていると、誰かが助けてくれる」  自分に打ってつけの言葉だと思いました。ホームページを自作したのも、救歯会をおこしたのも、救歯塾を始めたのも、臨床歯科を語る会の世話人をしているのも、・・・、 本気でしていると、多くの方々が助けてくれます。すごくありがたいと思っています。この言葉を眺めると、不思議と気持がふっと楽になるのです。 みなさんもどうか試みて下さい。

*サラ・ブライトマンのコンサート聞いてきました(2001年6月3日)

4月25日NHKホールで初めてサラ・ブライトマンの生コンサートを見てきました。実は3年ほど前からはまってます。もともとは、ミュージカル「オペラ座の怪人」をニューヨークで見てからのことです。「オペラ座の怪人」初演のプリマがこのサラ・ブライトマンなのです。ニューヨークで見たときのは、彼女ではないのですが、事前に聞いていたCD2枚組のが彼女のものでした。それはもう、素晴らしいの一語につきる声です。ソフトで柔らかくて、美しくすき透った高音です。 近年、ミリオンセラーのCD「Time To Say Goodbye」で一躍一般の方々に知れ渡るようになりました。このCDはジャンルとして「ヒーリング」に入れられているようです。ポップス、クラシック、クロスオーバー、どこにも入れられない新しいジャンルなので、探すのに苦労します。サラ・ブライトマンのCDは6枚ほどありますが、先程の「Time To Say Goodbye」、「エデン」、「LA LUNA」の3枚がぜったいオススメです。 もし、容姿にも興味をお持ちなら、ビデオが2巻出ています。とてもチャーミングですてきです。

*補綴学会で発言してきました(2001年6月2日)

 「歯科医師臨床研修-現状と対応」のシンポジウムで、座長の古林義典先生から発言を求められました。私は、「プライマリー医療として、補綴ができることが少ないと考えるのではなくて、補綴としていっぱいやることがあるので、できるように教育して欲しい。義歯が壊れた、義歯がゆるい、前歯がとれた、外傷性咬合で歯肉が腫れている、ブラキシズムで歯が浮いているなど、プライマリーとしてやるべきことがいっぱいある。プライマリー医療ができずしてクラウン・ブリッジやパーシャルデンチャーなどできないはずだ」と訴えてきました。平成18年には臨床研修が必修となります。卒前教育の不備、卒前・卒後カリキュラムの一貫性の不備、学生の患者さんに対する態度など、色々不備が指摘されました。1年間の臨床研修でとても教育できないので、「補綴を理解するだけで、補綴をするところまでできなくていい」という発言が出るほど。そんなことではとても困ると思いましたから、つい発言しました。初診時に印象採得ができるなんてことは、臨床ではあり得ません。プライマリー医療ができてから、プラークコントロールのモチベーションを行い、その後に補綴方法を考えるというプロセスを踏みます。大学の臨床は、補綴科に来院してからの処置なので、すぐクラウンかブリッジかパーシャルデンチャーと考えるのですが、その考え方が問題です。先が遠いと感じました。

豊永美津糸先生ご逝去さる(2001年5月20日)

 福岡県飯塚市の豊永美津糸先生が4月28日にお亡くなりになりました。 83歳でした。ゴールデンウィークの最中で連絡が取れなかったためか、淋しい葬儀だったとか。ご逝去の知らせをいただいたのが5月7日、私も葬儀に行けませんでした。 私の大変貴重な恩師のお一人で、私は自分の父親だと思って参りました。5月12日に、金子一芳先生とご一緒に、焼香に伺いました。奥様が臨床歯科を語る会のことや、 一昨年私がお邪魔したことも覚えていて下さって、この10年くらいの闘病の状況を詳しくお話しして下さいました。ご子息が4年ほど前から、九州大学より戻られて診療されているとのこと、 安心しました。先生には臨床歯科を語る会の会長を長く引き受けていただきました。「見てる、聞いてる、知っている、というのと、やったことがある、 やれる、というのには大きな隔たりがある。やれるようにならなければダメだ」という先生のお言葉は、今でもはっきりと記憶しておりますし、よく講演で使わせていただいております。 30年ほど前、火曜会で豊永先生のお話をお聞きしてからが、欠損歯列への取り組みのスタートでした。それが、リジットサポートへの最初の一歩でした。本当に多くのことを教えていただきました。また一つ大きな星が消えていきました。先生のお教えを守りつつ、臨床歯科を語る会も続けながら、先生の思想を伝えていく努力をしていこうと思います。どうか安らかにお眠り下さい。先生のご冥福をお祈りいたします。

*救歯会10周年記念発表会が盛会で終わりました(2001年4月26日)

 4月22日@血脇記念ホールが220名の満席となりました。企画が当たったのか、聴衆は面白いものが分かっているのか、午前中休憩なしの3時間を中座する人もなく、熱気あふれる雰囲気でした。26名もの発表で16:30に終了の予定が、20分も早く終わるなんてこと、私も初めて経験しました。午前中の「例会再現」は、こちらにしてはヒヤヒヤものでしたが、聴衆は丁々発止のやりとりが面白かったらしく、後のアンケートで高い評価をいただきました。午後にも「全員討論会」で症例検討を行ったのが、変化に富んでいて興味を読んだようです。ただ会員発表の連続だと飽きてしまうでしょうが、適宜討論を含んだのが良かったようです。 朝6:30に全員集合して会場設営、スライド試写、全員でのマイクテスト、などを行ったことが功を奏して、スライドのエラーが全くなく、きわめて順調に進行できました。 北九州から下川公一先生など4名、熊本から松田光正先生など3名、横浜の丸森英史先生、火曜会の金子一芳先生、宮地建夫先生など7名、田無市の押見 一先生、北海道や青森県や和歌山県などの遠方の先生など、お忙しい先生方にお越し頂きまして、深く感謝しております。

*東京歯科大学学外セミナー講師を務めました2001年4月19日)

 新入生のための学外セミナーと称して、2泊3日の合宿がありました。木更津のアカデミアホールで行われました。 今まで、6年生や2年生などに講義をしてきましたが、新入生対象は初めてです。なかなか面白い企画で、学生はチュートリアル方式で学ぶ方法を修得するようになっております。 1週間前に課題を与えられ、ノートパソコンを全員買ってもっていて、インターネットで文献検索したり、情報収集します。課題は「インフォームドコンセント」と 「医療過誤」について、グループ討論しながら、最終日にグループ発表をパソコンでプレゼンテーションするのです。私は「医療現場から新入生へのメッセージ」と題して、 歯科医はどんな仕事をするかを伝えながら、臨床医へ向けての勉強の仕方を講義してきました。このときとばかり 私のホームページを紹介して、学生に見せてきました1年生からパソコンを全員が使うこと、インターネットを駆使すること、チュートリアル方式で学ぶこと、などを今の教育が進めている進歩性に感銘を受けて帰ってきました。

*山形県米沢市の講演では感激しました2001年3月6日)

2月24日に午後3時間講演してきましたが、つい乗ってしまい時間オーバーしてしまいました。あまりにも聴衆の方が熱心だったものですから

 前日の夜に米沢駅に着いたら、私に10種類の和菓子を1個ずつ箱に入れてどうぞと渡されました。これには参りました。甘党の私のことを十分に知り尽くして、心憎いほどです。

 事前に会員のほとんどが私のホームページを見ていること。講演前に、「講師は笑顔だけど講演前には結構緊張しているものなんですってね、ホームページに出ていました」という言葉をかけられ、驚きました。

スタッフの方々も多く参加して下さって超満員でした。  講演を熱心に聞いて下さったこと。会員は30名ほどですが、スタッフを交えて100名を越える大人数でした。
質問も多く出て、やりがいのある講演会でした。しかも良く聞いていただいた嬉しい質問でした。

 二次会で米沢牛をたらふく頂きました。すき焼きの美味しかったこと、天下一品です。

講演内容やホームページの内容についての質問が、色々と出て、時間を忘れるほど楽しい1夜でした。

 これほど充実した講演会は記憶にありません。 三次会はカラオケがないこと。ずーっと質問や感想を語り合う雰囲気は、とても楽しく充実しておりました。カラオケは会話ができなくなるので、好きになれません。 

*米沢市の会長に脱帽2001年3月6日)

 これほど骨のある歯科医師会会長にあったことがない。 その1. 米沢市の知的障害者の施設に案内された。重度の知的障害者に握手を求められたり、若い女性に抱きつかれたりの歓迎を受けて驚いた。その背景には、施設内に歯科診療所があり、そこに歯科医師会会員が交代で診療をしているということがあった。ほとんどボランティアで。 その2. 講演前に私のホームページを見てくれて、会員全員にホームページを紹介してくれたこと。60歳近い会長が、自らインターネットを扱えるとは見上げたもの。 その3. 地域での公衆衛生活動を積極的に進め、会員にもかかりつけ歯科医機能を積極的に進めている。学術的にレベルが高く、懇親会での話題が楽しい。カラオケなしの二次会を常としている。

*「患者のための評価体制を」秋元秀俊氏2001年2月24日、朝日新聞夕刊)

 歯科の1診療所あたりの収入は減っている。競争が激しくなれば、患者へのサービスが向上するはずだ。しかし現実はそうなっていない。(略)患者減を少しでも補う過剰な診療をしている診療所もあるためだ。(略)問題は競争が患者の利益になるかどうか、だ。診療時間を延ばす診療所は増えているが、患者の歯を長持ちさせるという診療の本質を忘れてはならない。(後略)なかなか味わいのある文章だ

*補綴学会のシンポジウムで講演してきました2001年1月20日)

 補綴学会関東支部会のシンポジウム「補綴治療の現状と展望」の演者として呼ばれました。宮地建夫先生(千代田区開業)、矢崎秀昭先生(新宿区開業)、それに私の3名です。3名とも東京歯科大学出身の昭和42年卒の同級生です。この人選はどうかと思います。それに、宮地先生にはクラウン・ブリッジの立場から、矢崎先生には総義歯の立場から、私にはパーシャルデンチャーの立場から、という割り当てです。これもどうかと思います。われわれ臨床家なら補綴は一つですし、歯科臨床の中で補綴だけ浮き上がらせて考えているわけではないので、これにも違和感を覚えます。そのような認識のズレが多いために、ちっとも楽しくない講演でした。聴衆の少なさにもがっかりしました。聴衆の一人に、後藤忠正先生(千葉県開業)がいらしていて、同級生が4人も揃うことはクラス会でもなかなか実現しないものですから、この4名をシンポジストにしたらさぞ面白い企画になったことと思います。  おそらく二度とこのような機会がないと思いますので、聞けない方には残念なことになっただろうと思います。  

*初笑いの題材に、「サラリーマン川柳」から2001年1月8日)

「いい家内 10年経ったら おっ家内」、「目は一重 アゴが二重に 腹は三重」、「さからわず いつも笑顔で 従わず」、「ねむれない! ひつじの横に ぶたがいる」、「Tバック 俺にもくれと 湯呑み出す」、「頑張れよ 無理をするなよ 休むなよ」、「厚化粧 ハエはとまれど 蚊は刺せず」、「5億円 我が家で貯めれば 5億年」、「はいやります 今すぐやります そのまんま」、「クレジット 支払いかさみ 暮れじっと」、「貫禄が ついたとたんに 成人病」、「千鳥足 家に着くなり 忍び足」、「妻のいる ベッドへ牛歩で 行く亭主」、「キレイより ヘアーで売れる 写真集」、「サンタにも 不況はあると 子に教え」、「イタメシが バブルはじけて モツなべに」。 楽しめましたでしょうか?



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