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 黒田のひとりごと


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救歯会サマーセミナーも盛会でした(2008年8月)

 8月29〜31にエクシブ山中湖にて恒例の救歯会サマーセミナーが行われました。東京はまだ残暑が厳しかったのですが、ここ山中湖はとても涼しくて朝夕は寒いくらいでした。総勢35名の参加で、29日(金曜日)の19時集合で20時からスタートし、23時まででした。前夜祭からケースプレゼンテーションの連続でした。その後部屋に戻ってからも美味しいつまみ(饅頭や大福などもあります)とお酒を頂きながら、症例相談が深夜の2時半まで続きます。

 どうしてこんなに歯の話ばかりで飽きないのだろう・・・と思うほど、話題が尽きないのです。

 30日(土曜日)は朝9時から夕方5時までケースプレゼンテーションが続きます。34名全員のケースプレゼンテーションを1日で聞くという試みは、発表時間やスライド枚数の制限など無謀なところもありますが、毎月の例会では得られない新鮮な収穫も得られます。大変厳しいことですが、35名の中での自分の位置づけが良く認識できます。夕食後には20時から22時半まで、技工士の発表や文献抄読の報告と解説があります。ようやく解放されるのが23時からで、またもや美味しいつまみとお酒で語り合うこと、深夜まで及びます。

 31日(日曜日)は朝9時から全員での症例検討討論会が1時間あまり、そして私の発表があります。何せ3日目ですし、連日深夜まで歯の話をしてきましたから、全員が疲れています。そういった環境の中で居眠りをさせずに興味を持って聞いて頂くケースプレゼンテーションは、本当に疲れます。今年は歳のせいでしょうかとくに疲れました。来年からは、最終日の私のケースプレゼンテーションの時間を変更して貰いたいと切に思いました。

 エクシブ山中湖は、宿泊と食事がとても快適でした。和食、イタリアン、中華料理、バイキングと変化を持たせた食事に満足できました。ただ一点、温泉がないことだけが残念です。

 

臨床歯科を語る会でテーブルクリニックをしてきました(2008年7月)

 恒例の臨床歯科を語る会が今年も7月4日〜6日に駒場エミナースにて開催されました。前夜祭、宿泊、大会場、分科会、懇親会 とすべてに快適で素晴らしい会でした。すでに窓際の身の私としては、何ら発表の機会など無くて良いのですが、どういうわけか今年はテーブルクリニックをすることになりました。タイトルは「黒田式コーヌスクローネへの誘い」です。 予想以上の参加者数に驚きましたし、プレッシャーを感じました。

 もう二度とこのような機会はないと思いますので、おみやげをいくつか準備しました。「コーヌスクローネ製作ステップ」のパネルを作製してお渡ししました。6度のテーパーツールを実費¥1,000円でお分けして、ネガティブヴィンケルを作らないための支台歯形成チェックのデモをご覧いただきました。全周6度の内冠製作のためにも支台歯形成がポイントですし、そのチェックにもこの6度のテーパーツールが威力を発揮します。著書「コーヌスクローネ」を出版してから、もう22年にもなります。改訂版を出すようにと言われますが、もうあの苦労はしたくありません。

金子一芳先生の10年以上前の論文も読まれていない(2008年6月)

 近年「審美歯科」が話題としてよく取り上げられます。患者さんの要望としても、歯と同じ色調の修復物を求められます。インプラントの上部構造にもセラミックがよく用いられるようです。私は保守的なのでしょうか、セラミックには疑問を持っておりますので、なかなかセラミックに移行できないのです。それというのも、金子一芳先生の論文が頭の中に深くインプットされているからです。そのことを最近話題にしますと、そんな論文見たことがないといわれて驚いたのです。先の黒岩先生の論文といい、金子先生の論文でも同じ体験をしたので、これは困った現象だと落ち込んでいます。 金子論文は「新しいセラミックスへの期待と蹉跌」という題の3号連載で、歯界展望1996年1月号〜3月号に掲載。新しい技術・材料に取り組む姿勢、その術後経過の記録、その後始末の苦労など、深い考察に頭が下がる思いです。是非一読を!

スタディー・グループ全員が「歯の生涯図」を活用(2008年5月)

 4月13日に千葉県柏市の「柏スピーキーズ」で講演してきました。 このスタディー・グループは11名の少数精鋭の会員で構成された歴史ある研究会です。私が一方的にお話しするのではなくて、全会員が症例発表もしてくれました。その会員発表が素晴らしい内容で、時間も厳守で、事前抄録も準備されて、すべてに術後経過がついていました。さらに驚いたことに、「歯の生涯図」をつけて発表されたことです。私の提唱している「歯の生涯図」がこれほどまでに活用されていることに、とても嬉しくなりました。

黒岩先生の論文の抄読会を始めます(2008年5月)

 私が感動した黒岩先生の論文なのに、この20年以内に歯科大学を卒業した歯科医は読んだことがないという現実が分かって驚いています。とりわけ「近代歯科医療への提言」はその続編とともに是非読んで頂きたい論文です。若い歯科医の集まりである「黒田塾」で黒岩論文の抄読会を始めることにしました。最小限の侵襲ということでMI(ミニマル インターベンション)が提唱されていますが、黒岩先生こそ30年以上前からそのことを実践されてきました。その辺の変遷を知らない方がミニマルだとかと言い始めたようです。切削や侵襲をくわえることなく、乳歯ならサホライドでう蝕を抑制し、エナメル質の初期齲蝕の白斑程度ならブラッシングで再石灰化を促そうという臨床姿勢には大いに影響されました。黒岩先生の論文は、歯界展望の12月号の参考文献に掲載されていますので、是非お読み下さい。

歯界展望12月号の黒岩 勝先生の論文に感動 (2008年1月)

 黒岩先生のことは30年以上前の「サホライドによる乳歯齲蝕抑制」の頃から注目しておりました。歯ブラシ圧、エナメル質の白濁の再石灰化、近代歯科医療への提言など、重みのある論調にいつも触発されてきました。今回の論文は黒岩先生の集大成ともいえる内容で、重いながらも軽いタッチで書いておられるところが流石だと感心しております。是非お読み下さい。

11月3日から1ヶ月間入院しました(2007年12月)

 今回のことは、11月3日の緊急入院に始まります。兆候は4日前から胃の痛みとしてありましたから、かかりつけ医の胃腸科の先生のところで診療を受けておりましたが、当初は風邪か、あるいは十二指腸潰瘍かといった感じでした。胆石は25年前からありましたし、今回の痛みは胆石の痛みとは違っていました。血液検査の結果が出たとたんに、白血球数が18,000あるとのことで「直ぐ入院しなさい」と、逓信病院に先生が電話をして下さり入院室の確認や担当医の確認をしていただいて、30分後には緊急外来の受付へ行きました。慌ただしくCTや血液検査やいくつかの検査を受けた後、入院室へ案内され、パジャマに着替えて点滴が始まり「禁食」がスタートしました。この日の日没までは大したことがないと自分では思っていたのですが、それからが大変で、2度死ぬ思いをしました。熱がどんどん上がり39度にまでなりました。氷枕やアイスノンなどを身体のあちこちに置きましたが、身体の中心に火の玉を抱いているような感覚で、汗があちこちから噴き出すのには「これはもうダメかも?」と思いました。そのうえ激痛が重なり、痙攣を伴った痛みで、それはもうすごい痛みでした。全身がすごく痙攣するので、これはきっと疼痛性のショックでこのままあの世へ行くのかナーと思いました。自分の感覚では痙攣が1時間も続いたと思ったのですが、実際は15分ほどだったようです。
 その後4日間は熱と痛みに苦しみました。5日目から峠を越えて、6日目には水の許可が出て、その時口に含んだ水のなんと美味しいこと!感激しました。7日目に重湯が出て、一週間ぶりに口にした食事が、食べられるってこんなに美味しいことなんだ!とこれまた感激しました。
 続けて手術してほしいと思いましたが、とても炎症がひどくてこの状態だと手術できませんと言われて待つことにしました。2週間経ってようやく小康状態になったところで、さらに手術のための検査になりました。この際だからとあらゆる検査を受けました。そして大丈夫だということになって11月29日が手術日となりました。手術後の2日間は辛かったですが、最初の時の苦しみを経験した後なので、それほど辛くありませんでした。その後は日増しによくなって行くのを体感できてとても嬉しくなりました。ちょうど1週間後に退院できました。
 
 今回の入院で、健康のありがたさをほんとうに体感できました。大げさかも知れませんが、「幸せのリセット」ができました。水のおいしさ、食べられることの幸せ、痛みのない幸せ、他人の思いやりのありがたさ、シャワーを浴びられる喜び、点滴やドレーンの束縛がない幸せ、生きていることの幸せ・・・などなど、周りのものすべてに感謝したい気持ちで一杯です。まだ完治というところまで到達しておりませんので、気を付けながら過ごすつもりです。

金子一芳先生の論文に感動(2007年12月)

  インプラントを積極的に自らやらない方が、これほどインプラントの問題と必要性を分析されていることに驚きました。ヒョーロンの4月号から10回連載されています。もとより欠損歯列に精通しておられる先生ですし、物事の本質を鋭く見抜き検討される方ですから、インプラントがこれほど広まってきているときだけにここで一言言っておきたいという気持ちがあったことと思います。インプラントの適応に関する論調やインプラントの種々の問題に関して、ほんとうにそうなんだと納得させられることがたくさんあります。金子一芳先生のページだけを切り取ってファイルしております。これを読まずしてインプラントに取り組むべからず!

★今年の救歯塾は素晴らしい反響(2007年7月)

 今年の救歯塾は何ら宣伝しないのに、75名の受講者が参加してくれました。セミナールームが狭く感じます。今年は「コーヌスクローネ」をテーマにしました。私が「コーヌスクローネ」の著書を出してからもう20年以上も経ちます。最近では「コーヌスクローネ」が話題に上ることがほとんどなくなりました。誌上でも、講演会でも、「コーヌスクローネ」を見かけることがなくなりましたので、それを学ぶことができなくなったのです。どの雑誌も「インプラント」ばかりです。セミナー宣伝も「インプラント」が目に余るほどです。欠損歯列への対応がインプラントだけで対処できるわけではないでしょうに。とりわけ、少数歯残存症例ではインプラントは無理です。コーヌスクローネを学ぼうと思っても、教えてくれるところがありません。そこで救歯塾で「コーヌスクローネ」を取り上げることにしました。そうしたら、まったく宣伝していないのに、50名の定員を大幅にオーバーしてしまいました。まさにうれしい悲鳴です。今年は実習を多く取り入れていますから、欠席者も少なく、7月に4回目が終わりましたが、毎回充実した内容です。  うれしい感想を下さった1例を掲載します。

 「今回実習で皆さんが持ってきたコーヌスの内冠が、あまりにも多様でびっくりしました。さすがに、皆さん勉強されていたので大きくはずすようなものはありませんでしたが、細かく拡大していくと色々と違いがわかり、面白かったです。 私が所属していたB班では、やはりネガティブヴィンケルのできた内冠が多く、技工士さんの問題もあるとは思いますが、やはり支台歯形成の問題が多くあるとの意見が出されていました。また咬合面の面取りの形態などは本当にさまざまなものがあり、人か変われば、その人の数だけ、あるんだと感じました。ハ
 玉置さんのミリングデモでは、実際にどのような作業かを見ることができ、大変勉強になりました、しかも私の場合体験させていただき、技工士の労力の大きさを感じることが出来ました。マージン部分に穴を開けないよう、さらにネガティブヴィンケルを作らないようにというミリングは、筆舌しがたい根気と努力の賜物により生まれるんだと感じ、技工士さんに本当に感謝したいと思うと同時に、自分自身技工士が作りたくなるような、またすばらしいものが作れるような、支台歯形成、印象採得をしようと思いました。ハ  9月のゴシックアーチ実習も楽しみにしております。 (苅谷歯科医院  苅谷 憲明)」

 

★今年は講演依頼が多くなりました(2007年6月)

 昨年は原稿を多く書いたせいでしょうか、講演依頼が随分と多く来ています。それも、あまり今まで依頼のないところから来ます。もうこの歳ですから、歯科界から忘れられた存在になっても仕方のないことです。「コーヌスクローネ」の時代から見れば、すでに20年以上も経っていますから、忘れられて当然です。「コーヌスクロダ」といわれた時代は、月に2〜3回のペースで、年間20回以上の講演回数でしたから、たいへん失礼ながら、どこで何を話したか忘れてしまうほどでした。コーヌスクローネの講演から随分と変遷がありまして、5年ほど前からは「かかりつけ歯科医」と「メインテナンス」中心の講演テーマでした。今年はテーマの幅が広く、「救歯臨床」、「長持ちさせる歯科臨床」、「患者さんのための歯科臨床」、「パーシャルデンチャー」、「コーヌスクローネと少数歯残存」などです。私にとって見れば、幅が広いテーマとはいえ、私のライフワークそのものですから、まったく違和感がなく「一つのテーマ」です。コーヌスクローネも欠損歯列も、かかりつけ歯科医とメインテナンスも、救歯臨床や患者満足や長持ちの歯科臨床は、それこそ私のライフワーク的なテーマです。このような講演依頼ならとても嬉しいことです。

★2006年は原稿を多く書きました(2007年1月)

※デンタルダイアモンド6月号〜12月号、社の30周年記念として7回連載させてもらいました。
 *「歯を守り、残すためのメインテナンス--その効果と定着を考える--」というタイトルです。詳細は「臨床ヒント 〜オススメ図書〜」。
※歯界展望11月号に30ページ特集、「歯の生涯図」に市民権を得たいという一心で書きました。
 *現在歯数の推移から読む「治療効果」「患者満足」 --「歯の生涯図」の歯科医院における活用というタイトルです。
※日本歯科医師会雑誌12月号と1月号、全国65,000名の歯科医に訴えたいという意気込みです。
 *「歯を救って長持ちさせる歯科臨床」を12月号では救歯臨床、1月号では患者満足、治療効果のサブタイトルです。1月号には扉にカラー口絵がつきました。症例写真はカラーでなければ迫力がありません。ようやく1ページだけカラーを頂きました。

これほど書きまくったのですが、反響があまりに少なくて・・・・、やはり独りよがりなのかなーと淋しくなりました。

★私がこの10年間で訴えてきたこと(2007年1月)

*救歯臨床、EBM、かかりつけ歯科医、メインテナンス、
 長くかかわる歯科臨床、歯を守る、歯の生涯図、患者満足、治療効果 

私がこの10年間、こだわりながら訴えてきたことはこれらのキーワードです。「救歯臨床」「患者満足」「治療効果」は私のライフワークでもあります。

この10年間の私の論文を列挙してみますと、このことがよく分かって頂けると思います。
*処置の客観的評価を求めて.補綴臨床別冊,診断と治癒像を探る,79〜96,1989.
*患者さんの望んでいる歯科医療を行うために.日歯医師会誌,53(7):44〜48,2000.
*パソコン名簿管理で、かかりつけ患者さんを増やす.日歯医師会誌,53(12):20〜21,2001.
*EBMを歯科臨床に活かす(座談会).日歯医師会誌,55(2):33〜51,2002.
*長くかかわる歯科医療の実践.歯界展望別冊,5〜28,2004.
*歯を守る.補綴臨床,38(3):332〜335,2005.

 

★とっても楽しい講演会でした(2006年9月)

青森市美術館のオープニング記念の「シャーガール展」を見せてもらいました。バレー舞台の背景画が圧巻で、横12m縦10mの絵4枚が一堂に会してみられるのは史上初めてのこと。この3枚が青森市のもので、あと1枚はフィラデルフィアから借りたものです。シャーガールの素晴らしさを再確認させられました。是非ご覧あれ

9月1日〜3日、青森県弘前市に行ってきました。主催が弘前市、西津軽郡、北津軽郡、南津軽郡の4支部合同です。例年は参加者が40名ほどだということでしたが、今回はスタッフも参加できるようにしたこともあって、168名の大多数の講演会になりました。救歯会メンバーの梅原先生が学術委員長だったので、彼が私を講師に指名したのだろうと思っていたら、弘前市の会長の佐藤孝雄先生の指名だと聞いて感激しました。講師は品田衛生士と私の二名です。会場が市民会館ホールで、200名収容、スクリーンが横7m、プロジェクターを青森県歯会のものを借りてきたとのこと。完璧な申し分のない準備でした。弘前市会長が30年以上前に私が青森県でセミナーをしていたのですが、それを受講されたのを覚えておりまして、調節性咬合器やチェックバイトのことを忘れませんと言ってくださったことに、またもや感激しました。とてもうれしい楽しい講演会でした。

 

 

梅原先生以外にも救歯塾の受講者3名(弘前市と青森市と野辺地町から)が一緒の宿に泊まってくれて、それはもう楽しくて楽しくて・・・、感動ものです。命の洗濯もできました。こんな講演なら何度もしたいなー。! 宿泊は弘前から車で30分の「岩木荘」という国民宿舎でしたが、内容は高級割烹旅館です。木材中心のインテリアで、青森ヒバの大浴槽で、木の香りが一杯の温泉です。露天風呂が広くて大満足です。

 

★600人もの方が聞いて下さいました(2006年7月)

 7月23日にジーシー友の会30周年記念ということで東京臨床講座で講演する機会を頂きました。有楽町の国際フォーラムの会場が600名で満杯に埋まりました。案内パンフレットには定員500名という案内だったのですが、「300名も来てくれれば最高だから・・・」とジーシーの方に申し上げて、会場をもう少し小さいのに変更して下さいとお願いしてあったのです。それが、ジーシーの担当者から前々日に電話がありまして、「参加者が600名を超えそうで、今会場設営を変更しているところです」と嬉しい悲鳴が聞こえてきました。

 私がコーディネーターで、救歯会の3名の演者に協力をお願いしました。服部夏雄、西原英志、法花堂治の3先生です。タイトルは「歯を救って、長期に守る」〜救歯臨床のススメ〜です。この3名の先生は600名を前に話すのは初体験です。あがるのではないかと心配しましたが、意外に落ち着いて、時間配分も見事にみんな5分前に終わってくれました。私がはじめの35分、3名の先生には各75分、最後に私が60分、という分担で行いました。最後まで聞いて下さった方々に深く感謝します。

 終わってジーシーが食事をご馳走して下さった後で、押見 一先生から携帯に電話がかかり「今飲んでるけど、話したいから出て来ませんか」、有楽町のガード下の居酒屋に駆けつけました。行ってみると、火曜会の松井宏榮先生を含め6名ほどの方が楽しく飲んでいました。松井先生から「黒田先生の講演の終わった後、涙が出てきました」という嬉しい感想を聞き、私の方が目頭が熱くなる感動を覚えました。押見先生も「終わった後誰も席を立つ人がいなかったのは、みんな目がウルウルしてきてたんでしょう」という言葉に2回感激しました。

 歯科医療というのは、本当はこういうことではないでしょうか。歯を抜かれて喜ぶ患者さんはいません。危ない歯を救って長期に守っていくとこれほど患者さんが喜んで下さる。予知性がないからといって抜歯してインプラント、こういう医療は許せません。というようなことを、25年以上経過観察の症例を呈示しながら訴えました。押見先生や松井先生のようなトップクラスの先生が共感を持って下さったことに予想以上のうれしさを感じ、最高の気分で終えることができました。多謝!

★ 講演後に嬉しいお便りを頂きました(2006年7月)

※昨日は貴重なご講演をありがとうございました。久しぶりに元気の出る講演を聴かせて頂きました。救歯塾や東京歯科の卒研セミナーなどで何度か拝見させていただいたことのある症例もありましたが、また新に感動させていただきました。冒頭のエンドのケースをはじめ、コーピングで残すのもやっとと思われる左下2をコーヌスに取り込んだ79歳のケースなど、自分の診療室ではどのケースも諦めることが患者さんのためになるのでは?などと思って安易な方向に進んでしまいそうです。昨日の講演では安易な方向に流されてしまう診療の姿勢を戒めていただきました。
 今朝のミーティングでは、昨日の講演会のなかで先生がお話された
 *偏見をなくそう!
 *自分の健康を自分で守ろう!という患者さんを大切にしよう
 *継続来院は患者満足の現われ
をスタッフに伝えました。20年ともなると、おそらく2〜3年の継続来院ではとても分からない苦労があることは間違いないですが、自院でも現在継続来院してくださる
患者さんたちににもっと満足していただける手立てを考えていかなければ長いお付き 合いはできないだろうと思います。 全体の構成もすばらしく、3人の先生方の人柄がにじむ講演でした。すばらしい先生方のいる救歯会に籍をおかせていただいて本当に良かったと痛感した1日でした。ありがとうございました。(壬生秀明先生より )
    

※日曜日の講演会はお疲れさまでした。飛行機の都合で最後の15分くらいは聴くことができませんでしたが、久々に大変聞き応えのある講演会でした。日頃からの先生方、そして救歯会の先生方の臨床に対する姿勢がとても良く伝わってきてきました。最近はややくたびれ気味のKDMとは違い常に一貫した研鑽の姿勢を維持されているのには大変刺激を受けました。中でも、最後の黒田先生の著書「コーヌスクローネ」の中の25歳の男性のケースの経過は初めて拝見させていただきましたし、圧倒されました。右隣が鈴木尚先生、前の席が鷹岡先生、須貝先生だったのですが、私も含めて身を乗り出して、食い入るように拝見されていたのには、少し笑ってしまいました。でも、それだけやはり皆圧倒されていたからこそでしょう。
大雨の中を上京しただけの甲斐がありました。
KDMも私も先生方に負けずに頑張らねばなどと機中で思いをめぐらせながら帰途につきました。(熊本KDMの松田光生先生より。大雨で航空便が不安なのに・・・)

※昨日はありがとうございました。とても充実した一日を過ごせました。なんと言っても,黒田先生の写真のきれいさ,レントゲンのきれいなこと,またそのレントゲンから内冠のマージンの適合具合のすばらしさが容易に読み取れること、まだまだいっぱいありますが、もう本当に脱帽です。
1本支台のコーヌスデンチャーが,あれほど長い経過をたどるなんて,誰が想像できるでしょうか? 公園のシーソウと同じだから、支台歯を中心に左右の顎堤が沈みこんで,支台歯が揺すられてすぐにだめになるという先入観を持っていました。ところが黒田先生のはだめになっていませんでした。そうですよね。よく考えたら,動かない義歯だから,顎堤粘膜の吸収が防げるんだと何となく気がつきました。
コーヌステレスコープデンチャーとは、エンド、ペリオ、外科、補綴、レントゲン、義歯、咬合学,そして,衛生士とともにあるメインテナンス、歯科医学のすべてに高いレベルが要求されて成り立っているものだと確信しました。私のレベルは、まだまだですが,患者さんに喜んでもらえるように頑張って勉強していきたいと思います。
またお会いできる日を楽しみにしています。 (名古屋市中村区 加藤善久先生より。遠方からお越し頂き感謝します)

★臨床歯科を語る会で趣味の話をしてきました(2006年7月)

 恒例の臨床歯科を語る会が今年も渋谷区駒場エミナースにて7月7〜9日にて、楽しく開催されました。実行委員長を辞してからは、少し休ませて欲しいと思っていたのですが、今年は少しは楽だとは言われながらも、ランチョンミーティングの演者をさせたれました。テーマは色々悩んだ末、「スキー 80歳まで滑りたい」という内容で1時間半の持ち時間を、楽しく食事をしながら語ってきました。火曜会とスキー、NHK教育テレビ「中高年のためのスキー術」出演、海外のスキー場、私の好きなスキー場紹介、私の滑り・・・、などで結びました。 「一緒に滑った3年前とはまったく滑りが変わりましたね」とうれしい評価をして下さったのは、愛知県半田市の村井雅彦先生でした。村井先生はスキーを卒業してボーダーに乗り移って、両方を滑りこなすきわめてすごいスーパースキーヤーです。「山スキーも楽しいですよ」と言ってくれる長野の先生もおられて、けっこうスキーが好きな方が多いのには感心し、嬉しくもなりました。

 別の部屋では、永田省蔵先生が「私の診療室の新築あれこれ」と題して、2億円とも5億円とも言われる超高価な診療室、こだわり診療室、の話だそうで、聞けなかったのは残念です。私の年齢では診療室の立て替えがとてもできませんので、聞いても参考にできないから良いのですが・・・。

 

★「これぞ待ちに待った硬石膏」がジーシーから出ました(2006年6月)

 クラウン・ブリッジの咬合調整量が気になったとき---今から30年ほど前---から、ニュープラストーンの膨張率に疑問を持ちました。そのころとても素晴らしい論文に出会いました。「クラウン製作各ステップにおける咬合の高さの変化」に着目した論文です。医科歯科大学補綴の松下和夫先生の研究でした(「歯冠補綴物の咬合面精度に関する研究-全部鋳造冠の製作過程が咬合の高さ」補綴学会誌26巻2号:28〜44頁、1982年)。こんなに素晴らしい研究論文なのに、ほとんど引用されることがないのが不思議に思います。クラウン・ブリッジ専攻の大学院修了の先生3名ほどに伺っても、この論文を知らないという。間接法の基本の基本だと思うのですが・・・、よく聞いてみるとこの論文が難しすぎるということらしいです。現に、私も一度読んだくらいではほんとうの内容が理解できたとは言えません。3回ほど読んでようやく理解できました。  さて、クラウン製作過程での咬合の変化は、二次石膏に使われている硬石膏の膨張率の大きさせいではないかと直感的に思いました。それで、ジーシーにお願いして低膨張の硬石膏を作ってもらいました。それをこの20年間使ってきました。早く商品化してほしいとお願いしてあったのですが、市場がそのニーズがないということで無視され続けました。この1年前から、ようやく本腰を入れて低膨張の硬石膏を作ることになったのです。私のところの咬合調整量が他の歯科医の方に比較して異常に少ないのを、見学に来た歯科医が驚いていました。低膨張のニュープラストーンのおかげです。ようやく商品化されましたので、お使い下さい。 GC CIRCLE 116号に「これぞ待ちに待った硬石膏」というタイトルで論文を書きました。是非参考までにお読み下さい。

★講演後に嬉しいお便りいただきました(2005年11月15日)

 11月10日に都内港区で講演してきましたら、その後に嬉しいメールを頂きました。講演後に、学術担当の方から何らかの反応を頂くことは毎回必ずあるのですが、受講された方からお便りを頂くことは滅多にありません。それだけに感想を頂けただけでも嬉しいのですが、具体的な内容についてのコメントを頂けると有頂天になるほど嬉しいです。以下にご紹介します。

 木曜日の講演会お疲れ様でした。先生の講演を聞かせて頂いて、患者さんとの関わり方を改めて考えました。90歳の患者さんのところでは、一人の患者さんとああいう幕の降ろし方ができたら本当にいいなあとしみじみ思うとともに、あの場面ではちょっと感動して涙が出そうでした。あの年齢と歯の経時的変化のグラフに「80歳以上がないんですよ・・」という先生のお言葉も重みを感じました。 また訪問診療に行かれて必ず患者さんが食べられるか確認してから帰るという話のところでは先生の患者さんに対する優しい目を感じました。 とても勉強になりました。参加して本当によかったです。ありがとうございました。今度はスタッフを連れて参加したいと思いました。 (都内で開業している歯科医、ご本人のご了解で氏名を伏せて掲載)

 

★救歯塾セミナー盛会に終わりました(2005年10月23日)

 今年は45名の受講者でした。最後の懇親会には38名も参加してくれて、みんな一言ずつ感想を言ってくれました。今年初めて参加された方は、概して驚いた方が多く、こんなセミナー初めてだという声ばかりでした。というのも、毎回宿題のレポート提出があり、症例写真を持ってくるように言われ、厳しいような感じだったようです。少人数でのグループ討論があり、常に発言を求められ、居眠りしているヒマがないセミナーだからです。でも、終わってからみんな自分で実力がついたと実感できたのだと思います。リピーターはこぞって来年も参加すると言ってくれました。受講者からの感想のメールと来年のプログラムをセミナーのページでご覧になれます。

★読売新聞に写真入りで掲載されました(2005年9月27日)

読売新聞「医療ルネッサンス」の「虫歯治療の今」というコラムで、「神田の黒田歯科医院」として紹介されました。

2時間におよぶ取材を2回も受けてたくさんのことを訴えましたが、印刷されるとこんなものかと思うほどのボリュームです。「保険診療と自費診療の金額の差があまりに大きいが、それはなぜか」という問いかけに、具体例を挙げて説明をしました。私は、「時間」と「材料」と「技術」という3点に絞って説明しました。

保険でのクラウン・ブリッジや義歯には限界を感じます。きちんとした治療を自費で受けてほしいと訴えました。あまり世間で知られていない「歯科技工士」さんの努力も訴えました。写真は、実態顕微鏡を使って、精密な作業をしている技工士さんの姿です。読んでくださる方々が、きちんと理解をして、自費治療に対して理解を増して頂くことを期待しています。

「金額の差が大きいのに、長持ちの差がそれほどない」ことへの質問もありました。「長持ち」には、技術の差が大きいことと、その後のメインテナンスが大きく左右することもデータを示して説明しました。20年以上も長持ちしている例をいくつも見て頂きましたが、結局は「一個人歯科医のデータだから」という一言でケリ。臨床疫学とバイアスとの関係、EBMへの道が遠いと感じました。

詳細はこちらでもみられます。

★読売新聞を読んでの嬉しいメール(2005年9月27日)

 別件なのですが医療ルネッサンスの記事、拝読させていただきました。歯科に関心
の高い患者さんが切り抜いてお持ちになったのですが、私が黒田先生には卒直後から
基本的なことを教えていただきましたと伝えたところ保険希望だった患者さんが自費
治療になってしまいました。こんなところでも黒田先生のお力添えをいただき大変感
謝いたしております。ありがとうございました。    (東京都内の先生

 とても嬉しいメールです。こういう効果をもっとも期待しておりました。

★救歯会のサマーセミナー楽しかった(2005年9月8日)

 8月の最終土日は恒例の救歯会サマーセミナーの2泊3日の合宿が行われました。8月26日金曜日の午後7:30に軽井沢XIV(リゾートホテルのイクシブ軽井沢)に集合です。今回は33名の大所帯です。今年のテーマは「経過観察」です。「自分の一番経過の長い症例」をプレゼンし、33名全員のケースプレゼントです。普段の例会ではプレゼン免除されております私もこの日には発表することにしています。そこでどんなことが行われたかはスタディー・グループでご覧下さい。終了後の参加者の一部のメールをご紹介しますので、ご想像下さい。

*壬生秀明先生からのメール。 3日間どうもありがとうございました。
 朝から寝るまでフル回転の先生がいちばんお疲れだと思いますが、体調はいかがでしょうか?
経過観察の重要性はかなり以前からお話していただいていたことですが、当初は時間がたてば自然に経過観察することになるのだから、特別なことではないように感じていました。しかし、自分の診療経過が3年、5年と過ぎていくと、行った治療のトラブルを目にするようになり、治療時の知識不足、見落とし、思い込み等にわずかですが気づくようになりました。   自分なりに結構考えたつもりだったことが、浅かったりすることに気づき、経過を観ることの大切さを感じるようになりました。また当初は先生にお見せいただいていた、長期経過のすごさがあまり分かっておりませんでしたが、開業して自分がさせていただいた治療がずいぶん長持ちしたように思っても、まだたった3、4年で、10年経過が600人、20年経過も200人という数字がとてつもないものだと感じるようになりました。7年前、開業するときに「早く開業して、経過を長く観なさい」とお話いただいたことを思い出しました。少しでも多くの方の長期経過を観ていけるように意識して取り組みたいと思います。
 また昨日の先生のお話から、自分の行った治療がどうなるのかと考え、観ていくことこそ歯科臨床の面白さで、それが日々のモチベーションになると感じました。患者さんのためにも、自分のためにも経過観察する姿勢を忘れずにいきたいと思います。
貴重なお話をありがとうございました。今後もご指導のほどよろしくお願いいたします。(陰の声:優等生的な感想!!)

*高橋邦夫先生からのメール  今年のサマーセミナーは、私にとって最高に有意義でした。多くの先生方の発表はとても感激しました。しかし、私が最も脳裏に焼きついたことは、 28日の午前中に黒田先生の横に座った時でした。
ハ 救歯会の先生が発表している間、黒田先生は一人ひとりの内容を書きとめておられました。それも3色ボールペンを使ってです。その発表の要点を簡潔にまとめて書いておられる先生の横顔を見ながら、私は思いました。「黒田先生が我々の発表していることを一つ一つ書いて下さっている」「色分けや四角で囲んだりしながら、我々のケースプレの上達具合を一人ひとりについて確認して下さっている」日本で指折りの先生が、ここまでしてくださる。我々一人ひとりを真剣に見てくださっていることに「本当に感謝」いたします。27日の全員発表の時も同様に書かれているのが遠くからでも確認できました。 また、レーザーポインターも 2個 用意されておりました。ご自身の発表の前に、天井にポインターを当てて、良くうつる方をお使いになりました。万一のポインターのトラブルにも即座に対応できるように 2個 用意するというその完璧な準備のよさ、なおかつ筆箱の中には予備の電池までも入っておりました。
ハ次に驚いたのが 時計 です。腕時計を持っているにもかかわらず、時間のとても見やすい白に太い黒文字の携帯用の時計を準備されて御自身のケースプレ時にはパソコンの右側に置いてありました。同時に腕時計にも注目です。レーザーポインター同様に時計も2個用意するということだと思いますが、腕時計も文字盤が白く太く見やすい数字の物をわざわざ選んで持って来たのだと推測いたします。暗い中でも見やすいようにここまで配慮しておられる。私たちが普段 気づかない所でも数々の配慮をしてくださっているのだと感動すると同時に感謝いたします。
ハこれがそのままケースプレゼントのスライド一枚一枚にも表れているのだなと感じながら先生の経過観察のスライドを拝見させていただきました。写真一枚とっても、色 縮尺 などをしっかり揃え バックの色も周到な配慮をされています。すべてにわたって、ワンショット、ワンショットが「芸術」なんだなぁと感じました。私にとっては全員発表のケースプレの内容はもちろんですが、こうした「気づき」を与えてくださった黒田先生に最も感謝いたします。(陰の声:かなり褒めすぎ!!) 

★臨床歯科を語る会、とても充実していました(2005年7月15日)

 恒例の臨床歯科を語る会が7月1〜3日に開催されました。目黒区大橋のホテル「こまばエミナース」という初めての会場です。2泊3日の合宿形式の臨床学会です。新人発表あり、全体シンポジウム「インプラント植立本数への疑問」、分科会シンポジウム「パーシャルデンチャーの設計を考える」、「歯周病症例における審査資料の読み方」、「補綴物咬合面の材質」、特別講演会「歯根膜とセメント質」、それに「ランチョンミーティング」、「テーブルクリニック」あり、ほんとうに充実した2日間でした。詳細は臨床歯科を語る会でご覧下さい。こんなに良い臨床学会に参加しない方は、大損しています。来年は是非参加しましょうよ!

新人発表の10分前で、緊張の極みでした。手前から、澤田雅仁(月穂)、川瀬恵子(火曜会)、野村雄一(包括)、日高大二郎(救歯会)の4先生でしたが、みんなレベルが高く、内容が濃く、8分発表でしたが、見事な内容でした。それぞれのグループのレベルが高いことを示してくれました。来年発表の方へのプレッシャーが相当なものになりそうです。

 

午前中の2時間40分のシンポジウム「インプラント植立本数への疑問」は、インプラントの適応が広まる中で、最小限の侵襲で最大効果を上げるためのインプラントの適応を考えるという、新たな視点での挑戦的話題です。栃原秀紀(熊本)、西堀雅一(救歯会)、仲村裕之(火曜会)の3先生が登場です。座長は法花堂先生と松田先生です
「心に残った方々」と題したランチョンミーティングでの金子一芳先生の講演は、重みのある歯科医人生論でした。1時間半があっという間でした。次回はこだわりの車や別荘を聞きたい 多趣味で多才な村井雅彦先生のランチョンミーティングも、カジキマグロ釣りとスキーとスノーボードありのあっと言う間の1時間半でした。アンコール!!
分科会の座長を若手が見事に取り仕切っている。3時間弱が時間が足りないくらい充実していました。もっと、討論したかった。企画は壬生秀明先生(救歯会)、法花堂 治先生(救歯会)、熊谷真一先生(包括歯科)です
「パーシャルデンチャーの設計を私はこう考える」と鈴木 尚先生と私の2人が話すことになりました。

テーブルクリニックで菅野博康先生(仙台)の咬合に関する実際編は顎咬合学会の重鎮の先生だけに熱心な聴衆も多かった。

下川公一先生(北九州)の「あの症例はいま」というのも、満杯の聴衆で先生の一流の話術とテクニックとビデオ映写(動画)があって、素晴らしい内容です。眞田浩一先生(はまゆう)の、恒例のプレゼンテクニックも人気抜群です。

最終日3時間の25周年企画「歯根膜とセメント質」は須貝昭弘実行委員長自ら「問題提起」を行い井上 孝教授を特別講師に下地 勲(火曜会)の座長で、基礎学問がこんなにおもしろいと感じることは滅多にありません。企画が大当たりです。

乾杯の指名を受けた下川公一先生は、このところ欠席の多い宮地建夫先生(千代田区)を引っ張り出して挨拶をさせることに・・・。

臨床歯科を語る会の役者の多さには右に出るものはないと言えるでしょう。雑誌や講演で全国を回っている著明な先生に、若い歯科医が直に触れて語り合える場は、とても貴重です。25年前にドキドキしながら有名な先生に近寄った感動を私は今でも忘れることができません。この会に感謝しています。

二次会は地方名物の馬刺し、笹の葉寿司、銘酒などで12時を回っても盛り上がっていました。北川原健先生(長野市)の嬉しそうな表情から盛り上がりが分かります。つまみが美味しかった!!

★今年の歯科医師国家試験の結果が発表されました(2005年4月28日)

 合格率が29校の平均で77,4%ですから、1/4は歯科医師になれなかったということになり、かなり厳しいことが分かります。良い大学から順に1位は広島大学、2位は大阪大学、3位は長崎大学、4位は東北大学、5位は新潟大学、6位は九州大学とここまで全部国立大学で、トップは93.9%です。私立大学のトップは愛知学院大(全国では7位)、2位に東京歯科大学(全国では9位)と並びます。我が母校の東京歯科大学は私立大学では2位ですが、全国では9位で、85.3%の合格率です。ワースト5校は全部私立大学で、25位に福岡歯科大学、26位に奥羽大学、27位に日本歯科大新潟、28位に神奈川歯科大、最下位の29位は松本歯科大で44.2%の合格率です。

★「咬合」に関する話題がほんとうに少ない(2005年4月1日)

 昨年救歯塾で1年間「咬合」のセミナーを行いました。素晴らしいレスポンスに感激しました。ところが、雑誌や書籍や講演会などでは全く取り上げていないことに憤りすら感じています。毎日の臨床が「咬合」抜きでされることは全くありません。なのにこの状態はどうしたことでしょうか。出版社の方に会うごとに「咬合」を取り上げてほしいと訴えていますが・・・。咬合の知識が曖昧なまま臨床が行われている実態を、救歯塾でシッカリと再認識することができました。その1例を以下に示しますが、この受講者はとてもまじめで勉強熱心な方です。その方ですら・・・と思ってください。みんなで「咬合」の勉強をしましょうよ。それが患者さんのためではないでしょうか?

受講者:上顎が無歯顎で下顎が643211234567残存の患者のゴシックアーチを採得いたしました。2年前に作製した上顎の旧義歯が割れて新製をするために採ったのです。ゴシックはきれいに書けていると思うのですがタッピングポイントが集束しているもののアペックスより1.2mmほど前方にきているのです。この場合咬合採得はタッピングポイントでするべきなのでしょうかそれともアペックスでするべきなのでしょうか?またアペックスにタッピングポイントを近づけるためにはどのような処置が必要なのでしょうか?
私:大変難しい質問です。結論から言うと、先生がどちらかに決定することです。
前方にあるタッピングは、ほとんどの方がそうで、前方咬合の癖が出ているからです。その癖が簡単に修正できないと思えば、タッピングポイントで咬合採得します。ただし、チェックバイトを取って、咬合器に顎運動のトランスファーをするのであれば、もう少し待って、アペックスで咬合採得すべきです。もう少し待って・・・というのは、側方チェックバイトを取るのは、アペックスからスタートする第二顎位なので、スタートが違ってしまえば、咬合器調節が違ってきます。
 このようなことに疑問を持つことが勉強のスタートです。悩みながら臨床をすることが向上のポイントです。
受講者:貴重なアドバイスをありがとうございました。危うくタッピングポイントで側方チェックバイトを採るところでした。アペックスに対する第2顎位ということを完全に見落としておりました。本当に勉強不足ですね。わかったつもりでいたのがよくわかりました。今一度良く調べて、またいろいろ考えて決めたいと思います。
 先日習ったことがすぐ実戦応用できるので本当に救歯塾に参加してよかったと思います。間接法も含めて救歯塾で体感したことが日々の臨床を楽しくしてもらっていると感じております。また来年も参加したいと思いますのでよろしくお願い致します。

「理想の死に方」に興味が湧きました(2005年2月17日)

 2月7日にウチの愛猫を亡くしました。珍しく私にとてもなついていて、私が撫でると「ごろごろ」と喉を鳴らし、他の人では喉を鳴らさないので、家内から羨ましがられておりました。腎臓を患っておりまして、もう治らないし、1週間点滴を続けましたが、辛そうなので安楽死を選びました。とても安らかに眠っているように昇天しました。自分もこのように逝きたいナーと思いました。そう思っているのは私だけではないようで、理想的な死に方はないかと求めている方が意外に多いことを知らされました。文藝春秋・新年特別号に「理想の死に方--各界著名人58名が望む」にその詳細が出ています。楽に死ねる方法はないものかと悩んでいる自分が情けない・・・。還暦を過ぎたらいつ逝ってもいいと思いながら、その心構えができているかというと、いささか情けない自分です。どなたかご助言をいただけませんでしょうか? ただ、「今日という日を大切に」「この景色にはもう出会えないかも」「いま元気でいることに大感謝」という気持ちだけは持っています。

 

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